私が学びたいことがここにある

ラオスの過酷な医療現場を自分の目で見て、人に寄り添う看護の意味を考え直した

開発途上国で目の当たりにした環境と医療の関連性

高校生の頃から海外に行ってみたい気持ちがあり、大学在学中に留学をしたい、行くなら看護の現場を見てみたいと思っていました。そして、希望が叶ったのが「国際看護フィールドワーク」での海外視察。行き先は、ラオス人民民主共和国でした。現地では、最高医療機関である国立病院、設備が整っていない県病院、処置に制限がある郡病院と、3つのレベルがちがう病院を見学したり、特定非営利活動法人ISAPHや、独立行政法人国際協力機構(JICA)のスタッフの方にラオスの現状やどのような国際協力を行なっているのかなどをお聞きしたり。開発途上国の医療現場は想像よりも過酷で、どうしたら改善できるのだろうと思いを巡らすと共に、日本がいかに恵まれている環境なのかを実感しました。

5歳児以下の成長モニタリングの場で現地の女性にもお話を聞くことができたのですが、そこで印象的だったのは、同じ村に暮らし同じ場に集う女性たちでも、教育の差があること。文章が読めるかどうかが知識の有無に繋がり、それが本人はもちろん子どもや家族の健康にも影響があることを目の当たりにして、医療がいかに環境や文化とも密接なのかを痛感しました。

今あらためて働く人の多様性と支援を考える

先進国の医療の現場も見てみたくて、看護学生が対象のアメリカツアーに参加しました。このツアーでは、アメリカの病院や高齢者施設などを見学するだけでなく、アメリカで働く日本人看護師に話しを聞くことができました。その中で、アメリカはいろいろな人種が暮らしているから、看護師も多種多様である必要があると聞いて、興味深く感じました。

現在は日本もいろいろな国の人が暮らしていますが、まだ外国人看護師の姿を見ることはほとんどありません。アメリカのように働く人も多種多様になりにくいのはなぜだろうと疑問を持ったので、「EPA看護師候補者と受け入れ先の看護師が抱える困難と支援」を卒業論文のテーマにしました。今は、インドネシア、フィリピン、ベトナムから看護師の候補者を受け入れる働きに対して、そこにはどんな困難や課題があり、また受け入れる病院や施設ではどのような対応が望まれ、一緒に働く看護師がどのような支援をするのがよいのか、リサーチと考察を進めています。

実習でも外国人の患者さんとお会いしますし、これからは外国人の方とも一緒に働くことになります。そういう時に、異なる文化や価値観を理解して、相手を尊重できるような接し方や対応ができる看護師になりたいと思っています。

ふんわりとした理想は実習で具体的な夢に変わった

実家が歯科医院を営んでいるので、将来の道として医療という世界は意識していました。しかし、その中でも興味を持っていたのは、常に患者さんの側にいて、フィジカルな面でお世話をしたり、気持ちに寄り添い精神的にも支えたりする看護師でした。

4年間の実習で看護師の先輩方を見て、患者さん本人はもちろん、家族の不安を取り除いたり、退院後に必要なサポートをアドバイスしたりと、見ている範囲の広さに驚きましたが、今ならその意味と重要性がよくわかります。そして、家族のことも暮らしぶりも趣味嗜好も、患者さんのことはなんでも知っている頼もしい存在というところに、看護師という職業の魅力をあらためて感じています。

日頃から看護について語り合ったり、フィールドワークでの気づきを共有したりできる友人との出会いも、東京医科大学で学べてよかったことのひとつ。学べば学ぶほどに大変さも理解しますが、実習先で出会った先輩たちが看護師として生き生きと働く姿を思い出して、私も頑張ろう!と自らを励まし気合を入れています。